アフリカのシャーマン(霊媒・ヒーラー)

アフリカのシャーマン(霊媒・ヒーラー)総論

―― 憑依スタイル/媒介霊の幅/社会的役割/修行と継承/地域別相貌/ジェンダーと権威/近現代の変容

概観

アフリカ各地の宗教実践では、霊媒(ミディアム)型の憑依が広く確認されます。とりわけ儀礼の最中に霊が媒介者の身体と言葉を主導し、第三者からは明らかに「別人格」として知覚される完全憑依トランスが中核です。東北アフリカ〜中東のザール(Zār)、西アフリカ起源でハイチなどに展開したヴォドゥー(Vodou)、西アフリカのオリシャ崇拝、南部アフリカのサンゴマ(sangoma)、中央アフリカのンガンガ(nganga)ンキシ(nkisi)、モロッコの**グナワ(Gnawa)**など、地域により様式は多彩ながら、憑依による霊との直接対話/指示が核になっています。(PMC, Encyclopedia Britannica, UNESCO ICH)


憑依スタイル:観客型の「完全憑依」が基調

多くの場で、霊は**「降りる/騎乗する(mount)」と表現され、霊が前面に立って観衆へ語りかける観客型憑依が典型です。ハイチ系ヴォドゥーでは霊(ローア/Lwa)が信徒を「馬」として騎乗し、声質・表情・所作・語りが一括変容します。ザールでも霊の到来と交渉が儀礼の中心で、追放ではなく宥和(adorcism)**で共存を図るのが基本です。(Encyclopedia Britannica, PMC, sjaakvandergeest.socsci.uva.nl)

用語メモ:アドーシズム(adorcism) I.M.ルイスが提示した類型で、霊を追い払うエクソシズムに対し、霊と折り合いを付け共存させる処方(ザールやボリに典型)。(sjaakvandergeest.socsci.uva.nl, SAGE Knowledge)


媒介する霊的存在:祖霊を中心に神格・自然霊まで横断

  • 祖霊(死者):家系・土地の秩序を監督し、供養や禁忌違反を憑依発話で指摘する。アフリカの多くの地域で祖霊は宗教生活の中心的実在。(Encyclopedia Britannica)
  • 神格:ヨルバのオリシャ(Orisha)、ディアスポラの**ローア(Lwa)**など、人格ごとに好み・語り・所作が異なり、憑依を通して助言・処方を与える。(Encyclopedia Britannica)
  • 自然霊・地域霊:山・水・土地に結びつく諸霊。モロッコのグナワは治療的憑依の音楽儀礼で知られる。西中部アフリカでは水の霊**マミ・ワタ(Mami Wata)**信仰が広く、憑依・恍惚舞踏・鏡などの象徴と結びつく。(UNESCO ICH, africa.si.edu)

社会的役割:治療・調停・秩序回復のエキスパート

南部アフリカのサンゴマや中央アフリカのンガンガは、占術(骨占い等)・薬草・儀礼を組み合わせ、病いや不幸の原因(祖霊・禁忌・呪い等)を特定し、供物や式次第で再統合を図ります。共同体の医療・紛争調停・悲嘆ケアの担い手として、制度外ながら地域社会で強い信頼を受けます。(Encyclopedia Britannica)


発症・修行形式:呼びかけ(コーリング)と徒弟制

多くは若年期の**「呼びかけ(ancestral calling)」や説明困難な病苦・夢見を契機に、先達のもとで徒弟修行に入ります(南部アフリカのukuthwasa**=発症~訓練~承認)。修行ではトランスの扱い方、占術、薬草学などを学び、承認儀礼を経て一人前と認められます。(PMC, Encyclopedia Britannica)


儀礼技法:リズム・舞・言語・占術

  • 音楽と舞:太鼓のポリリズムと舞踏が憑依を促進。ヴォドゥーは霊が**「馬に騎乗」する瞬間がクライマックス。モロッコのグナワ**は一晩を通す治療的音楽儀礼で無形文化遺産に登録。(Encyclopedia Britannica, UNESCO ICH)
  • 占術:南部アフリカでは**骨占い(amathambo/ditaola)**が広く、配置・落ち方の読解を通じて処方を導く。(Journals, Science Museum Group Collection)
  • 霊的容器:コンゴ文化圏の**ンキシ(nkisi)**は、ンガンガが調製する霊的薬の容器・像で、治療・守護・調停の要。(Encyclopedia Britannica, The Metropolitan Museum of Art)

地域別の相貌(抜粋)

西アフリカ:ヨルバ系・ヴォドゥン/ヴォドゥー・ハウサのボリ

  • オリシャ崇拝では、各神格の憑依と舞が儀礼の核。ディアスポラではLwaが降りるヴォドゥーへ展開。(Encyclopedia Britannica)
  • ボリ(Bori)はハウサ圏に広がる憑依複合で、治療・調停・芸能を兼ねる。近年の研究はその歴史と社会機能を整理。(Oxford Research Encyclopedias)

中央アフリカ:コンゴ文化圏

南部アフリカ:サンゴマ(ズールー他)

  • 呼びかけ→徒弟修行→承認の道筋が確立。骨占いと薬草、歌舞が治療の三本柱。(Encyclopedia Britannica)

東〜北東アフリカ:ザール(Zār)

  • 宥和憑依の代表。霊との交渉と和解を通じて症状を緩和する。(PMC)

北西アフリカ:モロッコのグナワ

  • 先祖・精霊の呼び出しと治療を目的とする音楽儀礼。2019年にユネスコ無形文化遺産へ。(UNESCO ICH)

ジェンダーと権威:女性の可視化と霊媒の政治性

ザールやボリでは女性霊媒の比率が高いことが繰り返し報告され、家父長制下で周縁化された人びとが憑依を通じて公的発話の権威を得る場として機能してきました。スーダンのザールを掘り下げたボッディ(Boddy)は、憑依を女性の身体と社会規範をめぐる言語として分析しています。(Internet Archive, Cambridge University Press & Assessment, eprints-gro.gold.ac.uk)


近現代の変容:制度化・公衆衛生・宗教間競合

  • 制度化(南アフリカ):**伝統医療従事者法(Traditional Health Practitioners Act, 2007)**により、登録・倫理・品質確保の枠組みが整備されつつあります(関連規則の整備も進行)。(Government of South Africa, cliffedekkerhofmeyr.com)
  • 公衆衛生との接点:伝統医と近代医療の連携(例:メンタルヘルス研究や地域ケア)を扱う最近の調査も増加。(PMC, SAGE Journals)
  • 宗教間競合:都市化とともにペンテコステ系の「ディリバランス(悪霊祓い)」が台頭し、追放志向の儀礼が伝統の宥和型と競合・翻訳し合う局面が見られます。(PubMed, J-STAGE)

ケースで見る:代表的儀礼のイメージ

  1. 前駆:頭痛・夢見・不調が続き、原因同定の相談へ。
  2. 到来:歌・太鼓・舞でトランスが深まり、声・表情・所作が一括変容。
  3. 本体:霊が直接発話し、原因提示→供物・禁忌・儀礼を指示。
  4. 収束:退出所作・整えを経て宥和が成立(ザール等)。(Encyclopedia Britannica, PMC)

関連トピック(補遺)

  • Ifá(イファ)と憑依の対照:ヨルバ文化のIfá大量の詩文コーパス(Odu 256)と数理的手順に基づく占術体系で、媒介者の憑依よりも記号解釈を重視する点が対照的です(同時に、オリシャ儀礼では憑依も重視)。(UNESCO ICH, Encyclopedia Britannica)
  • 水の霊マミ・ワタ:海・河川と結びついた超地域的複合で、芸術・交易・グローバル化の文脈で像が変容。憑依舞踏や鏡の象徴性が顕著。(africa.si.edu)

まとめ

  • アフリカ各地の霊媒は、完全憑依トランスを中核として祖霊・神格・自然霊を横断的に媒介し、治療・調停・秩序回復を担ってきました。(Encyclopedia Britannica)
  • 儀礼は地域差が大きいものの、音楽・舞・言語占術の組み合わせ、**宥和(adorcism)**の志向、ジェンダー化された権威の獲得などに共通性が見られます。(sjaakvandergeest.socsci.uva.nl, Encyclopedia Britannica)
  • 近現代では法制度化・公衆衛生連携・ペンテコステ派との競合が進み、伝統実践は変容と持続の両面でダイナミックに展開中です。(Government of South Africa, cliffedekkerhofmeyr.com, PubMed)

さらに学ぶための入口(代表的資料)

  • Encyclopaedia Britannica:African religions/Orisha/Lwa/Vodou/Sangoma/Nkisi。(Encyclopedia Britannica)
  • Oxford Research Encyclopedia:Bori;ザールとアフリカ広域の相関。(Oxford Research Encyclopedias)
  • UNESCO:Gnawa(無形文化遺産);Ifá(無形文化遺産)。(UNESCO ICH)
  • 学術書・論文:I.M. Lewis『Ecstatic Religion』(憑依理論・adorcism)、Janice Boddy『Wombs and Alien Spirits』(スーダンのザールとジェンダー)、南部アフリカのukuthwasa研究(van der Watt 2021 ほか)。(Internet Archive, PMC)

:本稿は多領域の知見を統合しつつ、各地域の多様性(民族・言語・歴史的接触・近現代の信仰環境)を前提にしています。地域固有の慣行や倫理規範に配慮し、現地の語りと研究文献を相互参照しながら読むことを推奨します。