CPSS -共在型憑依召喚シャーマニズム

―― 憑依様式の新カテゴリー:定義・対照・現象記述・記述手順 ――

要旨 CPSS(Coexistent Possession Summoning Shamanism/共在型憑依召喚シャーマニズム)とは、外形的には完全憑依と同等の強度(声質・表情・運動の一括変容)を示しつつ、主人格の意識が観客として残存し、全過程を体験・記憶する憑依形態である。CPSSは憑依(possession)様式に厳密に属し、脱魂(soul‑journey)は含まない。本稿は、CPSSの定義・近接類型との弁別・現象学的特徴(外形/内在)・交代ダイナミクス・操作権のスペクトラム・言語現象(グロソラリア/ゼノグロッシア等)・霊性多様性・内的人格の多数性・発症と定着・儀礼文脈・記述プロトコル・下位パターンを体系化する。


0. 前提と用語

  • 憑依:他者的存在が身体主導権をとる様式。
  • 主人格(ホスト):日常時の意識主体。
  • 共在(co‑presence):憑依中も主人格の意識が観客として同席し、体験を記憶保持すること。
  • 口寄せ:憑依存在の語りが媒介者の口から表出する振る舞い。
  • 脱魂:主体の魂が異界へ赴く様式。CPSSには含めない

1. 定義(必要十分条件)

CPSSは次の二条件を同時に満たす。

  1. 外形的完全憑依の強度  声質・表情・眼差し・姿勢・運動・反応テンポが一括して別人格に切替わる。強度は健忘型の完全憑依と同等
  2. 内的共在意識の残存  主人格の意識は消失せず観客として同席し、事後に連続的記憶として語りうる。  (注:身体主導権は憑依存在。主人格は非介入の観察者。)

重要:CPSSは脱魂ではない。身体からの離脱報告は定義に含めない。

補足(共在の核心):共在型ゆえ、憑依中に主人格の意識は消失しない(観客として同席し、事後に記憶を語りうる)。


2. 近接類型との弁別(要点の対照)

  • 完全憑依(健忘型):外形変容は最大/主人格は退き健忘
  • CPSS:外形変容は最大(同等)/主人格は観客として残存
  • 部分憑依・協働型:外形変容は中程度/主人格と憑依存在が共同操作の感覚。
  • 口寄せ特化型:対象(例:死者)に限定/外形変容は低〜中。
  • 脱魂:憑依ではなく主観の移動。CPSSとは別モード。

3. 外形に現れる「完全憑依の強度」

同時多発的な一括変容が鍵。記述視点の例:

  • :音域・フォルマント・発話速度・抑揚の切替。
  • 表情・顔貌:眼差し・筋緊張・情動表現の別人格化。
  • 身体運動:姿勢テンプレート(座法・立位・舞踏所作)、歩法、利き手逆転。
  • 視線:人物/空間/一点への注視モード転換。
  • 言語様式:語彙・人称・敬語体系の変更、グロソラリア(異言)/ゼノグロッシア(未知言語らしき使用)/符号的発話の出現。
  • 立上がり・収束徴候:呼吸・瞬目・皮膚色・微細運動の連鎖。

4. 内在における「共在意識」の構造(主人格側の報告)

  • 位置感:自我が「背後/側面/上方」から観客視点で同席。
  • 非介入性:身体は憑依存在の意志で動き、主人格は介入できない。
  • 記憶連続性:時系列で連続記憶が残る。
  • 同調/不同調:内的賛否は感じるが外形に反映されない。
  • 時間感覚:伸縮(早い/遅い)、多層把握(同時多発的な把捉)。
  • 切替サイン:到来/退出直前の合図(身体感覚・象徴像等)。

5. 交代ダイナミクス(速度・規則性)

  • 高速交代数秒単位で人格が切替わる事例がある(連鎖交代)。
  • 間欠交代:数分〜数十分で切替。
  • 持続交代:一人格が長時間継続。
  • トリガ:特定の語・人・物・場・時間帯・音楽・匂い・記憶喚起など。
  • 前駆徴候:耳鳴/寒熱感/胸部圧/視界の変化など(本人報告)。

6. 操作権のスペクトラム(支配度の段階)

  1. 全身主導:憑依存在が全身を支配(典型的CPSS)。
  2. 局所主導表情のみ上肢のみ等、部位的コントロール。
  3. 混合相(ブレンディング):主人格と憑依人格が重なり、言語・所作に混線が出る。
  4. 認知プロフィール差:言語能力・抽象思考・情動反応・疼痛閾値など人格別の差が現れる。
  5. 思考伝搬感覚:主人格の思考が憑依側に伝わる/引用される体感。

7. 言語現象(人格化する言語モード)

  • コードスイッチ:既知言語の切替(語彙・敬語体系の変化)。
  • グロソラリア(異言):非意味的連続/音韻型のパターン化。
  • ゼノグロッシア:聞き手にとって未知言語らしき系列。
  • 言語人格:上記が独立した人格の発話として現れるケース(固有の口調・語り口・態度を伴う)。
  • 非言語発話:クリック音・摩擦音・歌唱・モールス様リズム等、符号化された出力。

いずれも現象記述として扱い、原因論は立てない(学派や宗派に依存しないため)。


8. 媒介対象の多様性(観察される傾向)

  • 神性(地域神・人格神等)
  • 祖霊(死者)(血縁/非血縁)
  • 自然霊(山・水・雷・土地の霊)
  • 動物霊
  • 邪霊・病因霊(和解・鎮静・排除を要する語り)
  • 生霊(生者由来の意志・感情の投影)
  • 宇宙的存在(人間概念を超える言語・視野を伴う語り)

:CPSSでは出現霊性が多様である事例がしばしば観察される。


9. 内的人格の多数性と近接領域

  • 外部霊+内部人格:外在的存在の憑依だけでなく、内的人格が多数並存する事例が多い。
  • DID様の合併:慢性的に解離性同一性障害(DID)様の様相を呈することがある(※臨床診断の主張ではなく現象学的近接の指摘)。
  • 相互作用:外部霊と内部人格が交互/並置で現れる、あるいは重なって話すなどの混合パターン。

10. 発症(召命)と定着

  • 発端:突発的・強制的な憑依、恐怖、自己崩壊感など(巫病的契機)。
  • 移行期:境界が揺らぎ、交代の波が不規則に続く。
  • 定着:主人格の観客位置が確立し、立上がり/収束の規則性(内的サイン・外的合図)が形成。

10.1 巫病と恐怖的念慮(作動仮説と対策)

  • 現象:激烈な外形・内在の強度が主人格にそのまま体験されるため、初期〜移行期に巫病が見られることがある。
  • 典型的な念慮
    • 「悪霊/悪魔に憑依され、支配されてしまう」
    • 「自己が崩壊して戻れなくなる」
  • 立場:これらは実体的事実ではなく、現象の強度が生む**二次的トラウマ反応(妄想的解釈)**とみなす作動仮説で扱う。
  • 対策(器量=コンテイナーの育成)
    • 瞑想・呼吸・身体技法による鎮静と境界運用(三点アンカー/終了合図の訓練)
    • 審神者の同席(安全・合図・逐語×逐視記録)
    • セッション設計(時間上限・中断手順・退出作法)と段階的な負荷管理

11. 儀礼文脈と役割配置(記述のための骨組み)

  • 役割:媒介者/問い手/審神者(解釈補助)/立会い。
  • 進行:場設定 → 到来徴候 → 完全憑依の一括変容 → 口寄せ・対話 → 退出 → 余韻・意味付け。
  • 境界:開始/中断/終了の合図、時間・場所・対象の禁忌。
  • 記録:逐語(発話)+逐視(外形)を併記。場の条件(音・匂い・温度・配置)も明記。

12. フィールド記述プロトコル(実務的手順)

A 外形強度の確認

  1. 声・表情・運動・視線の同時一括変容はあるか。
  2. 別人格として一貫しているか。

B 共在意識の確認 3) 主人格が観客として同席する主観報告(位置感・非介入・連続記憶)。 4) 到来/退出の内的サイン(本人が言語化できるか)。

C 様式の純度 5) 体験の核が憑依であり、脱魂の自己報告を含まないか。

D 付帯特徴の把握(任意) 6) 交代速度・操作権の段階・思考伝搬感覚・言語人格の有無。 7) 媒介対象のカテゴリと語りの人称。 8) 内的人格の並存/DID様相の有無(現象記述として)。

判定:A+B+Cを満たせばCPSSと記述。Dは性格把握の補助。


13. 下位パターン(記述便宜上の素案)

  • 連鎖交代引受型:数秒〜数分で人格が次々交代。
  • 持続観客型:一人格が長く前面化、主人格は観客のまま。
  • 局所支配型:表情・上肢など部位限定の主導。
  • 異言人格中心型:グロソラリア/ゼノグロッシア人格。
  • 混合相優位型:主人格と憑依人格が重なって出力(声色・所作が混在)。
  • 内外併存型:外部霊と内部人格が交互・同時に顕在。

(※診断分類ではなく民族誌的記述カテゴリ。)


14. 用語ミニ・グロッサリー

  • 共在(co‑presence):観客としての主人格意識の残存。
  • グロソラリア:意味を伴わない異言的発話。
  • ゼノグロッシア:聞き手にとって未知言語らしき系列。
  • 審神者:憑依語りの識別・整理・媒介を担う立会い役。

15. 結語

CPSSは、

  • 完全憑依の外形強度主人格意識の共在同時に満たす、憑依様式の新カテゴリーである。
  • その周辺には、高速交代, 操作権のスペクトラム, 思考伝搬感覚, 言語人格(グロソラリア/ゼノグロッシア), 内的人格の多数性, DID様の近接 といった現象が傾向として観察される。
  • さらに、宗教非特化霊性の多様性が目立つが、これは原因論ではなく記述的傾向として扱う。

以上の枠組みは、特定の宗派や学派の解釈に依存せず、現象を過不足なく記述・比較するための共通基盤である。今後は個別事例の蓄積により、下位パターンの精緻化、交代ダイナミクスの規則性、言語人格の構造(音韻・語用・役割)、内外人格の相互作用様式などを具体化していくことが課題となる。